その提案、顧客の「欲求レベル」とズレていませんか?マズローの欲求5段階説を営業・マーケティングに活かす方法
「機能も価格も完璧な提案なのに、なぜか響かない…」
営業やマーケティングの現場で、そんな経験はないでしょうか。その原因の多くは、商品そのものではなく、「顧客が求めている欲求のレベル」と「提案の訴求ポイント」のズレにあります。
例えば、「失敗したくない(安全の欲求)」と思っている顧客に対して、「業界初の革新的な機能です!(承認・自己実現の欲求)」と熱弁しても、「怖いからやめておくよ」と逆効果になってしまいます。
心理学者アブラハム・マズローが提唱した「欲求5段階説」は、単なる心理学の知識ではありません。顧客が今どこにいて、どんな言葉を待っているのかを見抜くための「ニーズ分析の地図」なのです。
本記事では、マズローの理論をビジネス現場向けに「超訳」し、明日からの商談やコピーライティングで使える形に落とし込んで解説します。

📢 営業心理学シリーズ
本記事は顧客分析・ニーズ把握編です。営業心理学の全体像や基礎知識は「営業心理学とテクニックまとめ」をご覧ください。
マズローの欲求5段階説とは?(営業視点の超訳)
【本章の要約】
人間の欲求はピラミッド状の5階層になっています。下層は「マイナスをゼロにする欲求(欠乏欲求)」、上層は「プラスを伸ばす欲求(成長欲求)」です。営業現場でどう捉えるべきか再定義します。
生理的欲求(Physiological Needs)
【本能】「生きたい、苦痛を取り除きたい」
ビジネスにおける「生存」レベルです。資金繰りがショート寸前の企業や、業務過多で睡眠時間が取れない担当者がここにいます。彼らが求めているのは「夢のある話」ではなく、「即効性のある痛み止め(コスト削減、業務代行)」です。
安全の欲求(Safety Needs)
【守り】「安心したい、失敗したくない」
多くの日本企業(特に保守的な大企業)がここを重視します。
「リスクを避けたい」「責任を取りたくない」という心理が働きます。ここで刺さるキーワードは「革新」ではなく、「保証」「実績」「定番」「セキュリティ」です。
社会的欲求(Social Needs)
【所属】「仲間外れになりたくない、人並みでありたい」
「他社はどうしているのか?」を気にする段階です。
集団に帰属していたいという欲求です。ここで有効なのは「業界標準」「導入社数No.1」「競合のA社様も使っています」というバンドワゴン効果を狙ったアプローチです。
承認欲求(Esteem Needs)
【プライド】「認められたい、特別でありたい」
ここからステージが変わります。「人並み(社会的欲求)」では満足できず、「他者より優れていたい」という欲求です。業界のリーダー企業や、出世欲の強い担当者が該当します。刺さる言葉は「御社だけの」「プレミアム」「優先権」「最新技術」です。
自己実現欲求(Self-Actualization Needs)
【理想】「あるべき姿になりたい、使命を果たしたい」
他者からの評価を超えて、自分たちのビジョンやミッションを達成したいという最高次の欲求です。
SDGsへの取り組みや、業界全体の発展を考える経営者がここにいます。「ビジョンへの貢献」「社会課題の解決」「パートナーシップ」という視座の高い提案が求められます。
顧客ニーズとは?マズロー理論をビジネスに変換する
マズローの5段階欲求は、マーケティングの実務においては「顧客ニーズ(Needs)」と「ウォンツ(Wants)」という言葉で整理されます。
顧客心理をより深く理解するために、この2つの違いと、意識の深層にある「潜在ニーズ」について解説します。
ニーズ(必要性)とウォンツ(欲求)の違い
マーケティングの世界では有名な格言があります。
「ドリルを買いに来た客が本当に欲しいのは、ドリルではなく『穴』である」
ここで言う「穴を開けたい」という目的や欠乏状態がニーズであり、その手段として「ドリルが欲しい」と思う気持ちがウォンツです。
顧客はしばしばウォンツ(手段)だけを口にしますが、営業マンやマーケターは、その奥にある真のニーズ(目的)を見抜かなければなりません。
| 用語 | 意味・定義 | 具体例 |
| ニーズ (Needs) |
「〜したい」「〜が足りない」という 目的・課題・必要性 |
喉が渇いた もっと効率的に働きたい 穴を開けたい |
| ウォンツ (Wants) |
ニーズを満たすための具体的な 手段・欲求 |
コーラが飲みたい 最新のPCが欲しい 高性能なドリルが欲しい |
顕在ニーズと潜在ニーズ(氷山の一角)
さらに顧客ニーズは、本人が自覚しているかどうによって2階層に分かれます。よく「氷山の一角」に例えられます。
-
顕在ニーズ(氷山の水面に出ている部分)
顧客自身が悩みや欲しいものを明確に自覚しており、言葉にして説明できる状態です。
例:「腰が痛いから湿布が欲しい」「給料の高い会社に転職したい」 -
潜在ニーズ(水面下に隠れている部分)
顧客自身もまだ明確には気づいていない、あるいは言葉にできていない本質的な欲求です。
例:「(腰が痛いと言っているが、実は…)ストレスのない生活を送りたい」「(転職したいと言っているが、実は…)自分の能力を認められたい(承認欲求)」
マズローの欲求5段階説を学ぶ意義は、この「水面下の潜在ニーズ」に気づくための視点を持てることにあります。「このお客様は表面上は〇〇と言っているが、実は『承認欲求』を満たしたいのではないか?」と推測することで、より刺さる提案が可能になります。
【BtoB営業版】担当者と会社の欲求を読み解く
【本章の要約】
法人営業の難しさは、「会社の欲求(業績)」と「担当者個人の欲求(保身や出世)」が必ずしも一致しない点にあります。この「2階建て構造」を理解することで、キーマンを動かす言葉が見つかります。

「会社」と「個人」の欲求は別物
例えば、会社としては「業界No.1を目指して革新的なツールを導入したい(承認・自己実現欲求)」と掲げているのに、現場の担当者は「新しいツールを覚えてミスをするのが怖い(安全欲求)」と思っているケース。これが商談停滞の典型的な原因です。
欲求レベル別・提案の切り口
| 相手の心理 (欲求レベル) |
会社へのメリット訴求 (建前・論理) |
担当者へのメリット訴求 (本音・感情) |
|---|---|---|
| 安全・社会的 (守り) |
「コスト削減・リスク回避」 ・無駄なコストをカットできます ・法改正のリスクに対応できます |
「楽になる・怒られない」 ・今の業務がこれだけ減ります ・大手も使っているので安心です |
| 承認・自己実現 (攻め) |
「売上拡大・ブランディング」 ・業界シェアNo.1を狙えます ・他社にはない最新技術です |
「評価される・ワクワクする」 ・社内プレゼン資料を準備します ・このプロジェクトのリーダーは貴方です |
ポイント:
決裁権を持つ上層部には「攻め(会社メリット)」を見せつつ、実務を担当する現場には「守り(個人メリット)」をしっかり保証する。この「サンドイッチ提案」ができると成約率は跳ね上がります。
【BtoCマーケティング版】キャッチコピーの使い分け
【本章の要約】
BtoC商材(住宅、保険、スクールなど)でも考え方は同じです。ターゲットが「どの段階の欲求」で商品を求めているかによって、刺さるコピーは180度変わります。フィットネスジムの事例で解説します。
事例:フィットネスジムの訴求4変化
「ジムに通う」という行動一つとっても、動機(欲求レベル)は人それぞれです。
-
① 生理的・安全欲求層(健康維持)
×「No.1の美ボディへ」 ➡ 〇「運動不足解消!腰痛が楽になる」
※「輝く」ことより「マイナスをなくす」ことが最優先です。 -
② 社会的欲求層(仲間・流行)
×「孤独に追い込め」 ➡ 〇「会員数No.1!みんなで楽しく汗をかこう」
※一人になることへの不安を取り除き、コミュニティを強調します。 -
③ 承認欲求層(モテ・優越感)
×「健康第一」 ➡ 〇「2ヶ月で見せつけたくなる体へ」
※ライザップなどが典型です。「結果」と「変身」による他者評価を売ります。 -
④ 自己実現欲求層(ストイック)
×「みんなで楽しく」 ➡ 〇「昨日の自分を超えろ。プロ仕様の設備」
※他人は関係ありません。自分との戦いをサポートする姿勢を見せます。
自社の商品が「どの層」をメインターゲットにしているのか?
もしターゲットが広い場合は、LP(ランディングページ)や広告バナーを欲求レベルごとに分けて作成する「セグメンテーション」が必要です。
欲求レベルを見抜く「ヒアリング質問集」
【本章の要約】
顧客がどのレベルにいるかは、顔には書いてありません。しかし、会話の中で「何を恐れているか」「何を夢見ているか」を聞き出すことで判定できます。レベルを見抜くためのキラークエスチョンを紹介します。
「現在(悩み)」と「未来(理想)」を聞く
顧客の発言には、その人が重視している欲求レベルが必ず隠れています。以下の質問を投げかけ、返ってくる言葉に耳を澄ませてください。
Q1. 「もし、このプロジェクトが失敗したらどうなりますか?」
【判定ポイント】恐れの対象はどこか?
- 「会社が傾く、大赤字になる」
➡ 生理的欲求(生存レベルの危機) - 「上司に怒られる、責任問題になる」
➡ 安全の欲求(保身・安心が第一) - 「競合に笑われる、シェアを奪われる」
➡ 社会的・承認欲求(プライド・地位)
Q2. 「導入後、理想的な状態になったら何がしたいですか?」
【判定ポイント】喜びの対象はどこか?
- 「とにかく早く家に帰って寝たい」
➡ 生理的・安全欲求(疲弊している) - 「業界新聞に取り上げられたい」
➡ 承認欲求(名声が欲しい) - 「この技術で社会課題を解決したい」
➡ 自己実現欲求(ビジョン達成)
欲求は「移動」する!タイミングを見逃すな
【本章の要約】
マズローの階層は固定ではありません。景気や会社の状況によって、エレベーターのように上下します。この「変化のサイン」を見逃さず、提案内容を切り替える柔軟性が重要です。
不況時・トラブル時 ➡ 欲求は下がる
どんなに意識高いビジョン(自己実現)を掲げている企業でも、業績が悪化したり、炎上トラブルが起きたりすれば、一気に「安全の欲求(生き残り・火消し)」まで急降下します。
このタイミングで「夢のある新事業」を提案しても、「空気読めないな」と怒られるだけです。
相手がピンチの時は、すかさず「コスト削減」「リスクヘッジ」「短期的な止血処置」の提案に切り替えてください。
好況時・目標達成時 ➡ 欲求は上がる
逆に、業績が好調で生活の不安がなくなると、人間は必ず「もっと認められたい」「新しいことがしたい」と欲求レベルが上がります。
今まで「安さ(安全)」だけで取引していた顧客に対し、このタイミングで「プレミアムプラン(承認)」や「共同開発(自己実現)」を持ちかけると、あっさり通ることがあります。
これを逃すのは、アップセルのチャンスを捨てているのと同じです。
💡 あわせて読みたい
顧客の欲求レベルに合わせて「話し方の構成」も変えましょう。忙しい(安全欲求)相手には結論から、夢を語りたい(自己実現)相手にはストーリーから。
👉 アンチクライマックス法とクライマックス法の使い分け|営業プレゼン構成術
まとめ:顧客自身も気づいていない「本音」に寄り添う
顧客は、自分が「承認欲求で動いている」とか「安全欲求に縛られている」とは口にしません。
「機能」や「価格」の話をしているようで、実はその奥にある「安心したい」「認められたい」という感情を満たそうとしています。
マズローの5段階説という「地図」を持っていれば、顧客の言葉の裏にある本音が見えてきます。
- ✅ 守りの客には「保証」を。
- ✅ 攻めの客には「称賛」を。
- ✅ 理想を追う客には「共感」を。
ぜひ次回の商談から、「この人は今、どの階層にいるだろう?」と観察してみてください。かけるべき言葉が自然と変わってくるはずです。
よくある質問(FAQ)
マズローの欲求5段階説のビジネス活用について、よくある質問にお答えします。
Q. 複数の欲求が混ざることはありますか?
A. はい、あります。例えば「失敗したくない(安全)」けれど「褒められたい(承認)」という状態はよくあります。その場合は、優先順位が高い方(基本的には低次の欲求である「安全」)を先に満たしてあげてから、プラスアルファで「承認」を満たす提案をすると効果的です。
Q. BtoB営業で、担当者と決裁者の欲求が違う場合は?
A. それぞれに別の資料やトークを用意するのがベストです。担当者には「業務が楽になる(生理・安全)」を強調し、決裁者(社長など)には「業界での地位向上(承認・自己実現)」を強調する「2段構え」で攻めましょう。
Q. 日本人はどの欲求が強い傾向がありますか?
A. 一般的に日本企業は「安全の欲求(失敗回避)」と「社会的欲求(横並び意識)」が強いと言われています。そのため、いきなり「革新性」をアピールするよりも、「実績多数」「サポート充実」から入る方が、信頼を得やすい傾向にあります。
参考文献・出典データ
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原著論文:
Maslow, A. H. (1943). “A Theory of Human Motivation”. Psychological Review.
※アブラハム・マズローによる欲求段階説の提唱論文。 -
マーケティング応用(書籍):
フィリップ・コトラー著『コトラーのマーケティング・マネジメント』(ピアソン・エデュケーション)
※消費者行動分析におけるマズロー理論の活用について言及。
※本記事は2025年12月22日時点の情報に基づき作成されています。
(2014年に掲載した記事を15年25年に加筆修正更新したものです)
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