「メリット」だけでは動かない!損失回避の法則(プロスペクト理論)で顧客の背中を押すクロージング術
突然ですが、あなたに以下のギャンブルを提案します。コインを投げて、
- 表が出たら:100万円もらえる
- 裏が出たら:50万円没収される(支払う)
さて、あなたはこの勝負に参加しますか?
確率論(期待値)で言えば、「プラス25万円」の有利な勝負です。しかし、多くの人は「参加しない」を選びます。なぜなら、100万円もらえる喜びよりも、「50万円を失う恐怖」の方が圧倒的に大きいからです。
これを行動経済学で「損失回避の法則(プロスペクト理論)」と呼びます。
営業の現場でも全く同じことが起きています。
どれだけ「導入すればこんなに得しますよ!」とメリットを熱弁しても、顧客は「でも失敗したら(お金を失ったら)嫌だな…」という恐怖が勝ってしまい、決断を先送りにしてしまうのです。
本記事では、この「損をしたくない」という強力な心理バイアスを味方につけ、優柔不断な顧客の背中を優しく、かつ力強く押すためのクロージング技術を解説します。

📢 営業心理学シリーズ(完結編)
本記事は決断・クロージング編です。シリーズ全体のまとめは「営業心理学とテクニックまとめ」をご覧ください。
第1章 プロスペクト理論とは?(ノーベル賞級の心理学)
【本章の要約】
ダニエル・カーネマンが提唱した行動経済学の理論。「人間は合理的ではない」ことを証明しました。人は利益が出ている時は守りに入り、損失が出ている時はリスクを冒す習性があります。
痛みは喜びの「2倍」強い
プロスペクト理論の核心は、「人間は、利得による満足よりも、損失による苦痛を大きく感じる」という点にあります。
具体的には、「損失の悲しみは、利益の喜びの約2.25倍強い」と言われています。
つまり、道端で1万円を拾った時のラッキーな気分より、財布から1万円を落とした時のショックの方が、2倍以上ダメージがでかいということです。
この心理があるため、顧客は「新しい商品を買って成功する(利益)」ことよりも、「買って失敗して損をする(損失)」ことを極端に恐れ、現状維持を選ぼうとします。
金額が大きくなると麻痺する(感応度逓減性)
もう一つの特徴が「金額の感じ方」です。
私たちは、100円のジュースが150円になると「高い!」と敏感に反応します。しかし、4,000万円の家を買う時のオプション工事が「プラス10万円です」と言われても、「まあ誤差か」と感じてしまいます。
これを「感応度逓減性(かんのうどていげんせい)」と呼びます。
営業においては、大きな金額(本体価格)を提示した直後にオプションを提案すると、顧客の財布の紐が緩みやすくなるのはこのためです。

第2章 【トーク術】ポジティブを「ネガティブ」に変換する
【本章の要約】
同じ内容でも、言い方を変えるだけで反応が変わります(フレーミング効果)。「得しますよ(利得)」よりも「損していますよ(損失)」と伝える方が、人は現状を変えようと動き出します。
「もらえる」より「失う」を強調する
以下のAとB、どちらのキャッチコピーに惹かれますか?
- A:「この断熱材を使えば、年間5万円の節約になります」
- B:「この断熱材を使わないと、年間5万円をドブに捨てているのと同じです」
内容は同じですが、Bの方が「なんとかしなきゃ!」という焦りを感じないでしょうか。
これが「損失フレーム」の力です。
商材別・言い換えテクニック
| 商材ジャンル | △ 利得フレーム(弱い) 「~できますよ」 |
◎ 損失フレーム(強い) 「~失いますよ」 |
|---|---|---|
|
ITツール 業務効率化 |
「導入すれば、残業を月20時間減らせます」 | 「導入しないと、毎月20時間分の人件費が無駄になり続けます」 |
|
セキュリティ 保険 |
「万が一の時も、データが守られて安心です」 | 「対策しないと、一瞬で顧客信用と資産をすべて失うリスクがあります」 |
|
期間限定 キャンペーン |
「今なら早期割引で10%還元されます」 | 「明日以降は、10%高い定価で損をしてしまいます」 |
注意点:
ただし、ただの「脅し」になってはいけません。事実に基づいた客観的な数字(機会損失)を見せることが重要です。
第3章 【保有効果】「お試し」が最強のクロージングになる理由
【本章の要約】
人は一度自分のものになった物を手放すことに、極度の抵抗を感じます(保有効果)。無料トライアルや試着は、「買うかどうか」ではなく「手放して損をするかどうか」に判断基準をすり替える技術です。
「自分のもの」になった瞬間、価値が上がる
行動経済学の有名な実験に「マグカップの実験」があります。
被験者にマグカップをプレゼントした後、「これを誰かに売るとしたらいくら?」と聞くと、プレゼントされる前に「いくらで買いたい?」と聞いた時の金額より、約2倍高い値段をつけるようになったのです。
これを「保有効果(授かり効果)」と呼びます。
人は一度所有したものを手放すとき、「単に物を返す」のではなく、「自分の資産を失う(損をする)」と感じてしまうのです。
「返したくない」と思わせる仕組み
この心理を利用した最強の営業手法が「無料トライアル(お試し)」です。
- 動画配信サービスの「1ヶ月無料体験」
- 通販番組の「30日間返品保証(気に入らなければ返品OK)」
- アパレル店の「ご試着だけでもどうぞ」
これらはすべて、「まずは保有させる(自分のものだと思わせる)」ことが目的です。
一度使い始めて便利さを知ってしまうと、解約することは「今の快適な生活を失う(損失)」ことになるため、継続率が飛躍的に高まるのです。
💡 あわせて読みたい
「一度試着したら断りづらい」という心理には、一貫性の原理も働いています。以下の記事で詳しく解説しています。
👉 小さなイエスから始める!一貫性の原理とフット・イン・ザ・ドア
第4章 最大の敵「現状維持バイアス」を打破する方法
【本章の要約】
顧客が「検討します」と言うのは、変化による失敗(損失)を恐れているからです。この「現状維持バイアス」を解除するには、損失の可能性をこちらが背負う「リスク・リバーサル(保証)」が必要です。
変化しないことが、一番「安全」という心理
プロスペクト理論の応用で、最も厄介なのが「現状維持バイアス」です。
人間は、「新しいことをして失敗する(損失)」くらいなら、「今のままで我慢する(現状維持)」方を選びます。
営業マンがどれだけ素晴らしい提案をしても、
- 「今の業者のままでいいや(切り替え手続きが面倒だし)」
- 「新しいシステムを入れて、使いこなせなかったら怒られるし」
という心理が働き、最終的に「今回は見送ります」となってしまうのです。
リスク・リバーサル(保証)で恐怖を消す
このバイアスを突破する唯一の方法は、顧客が抱えている「損失のリスク」を売り手が肩代わりすることです。これをマーケティング用語で「リスク・リバーサル(Risk Reversal)」と呼びます。
営業におけるリスク・リバーサルの例
- 金銭的リスクの除去:
「成果が出なければ全額返金します」「解約違約金は頂きません」 - 心理的リスクの除去:
「他社からの切り替え作業はすべて弊社が代行します(面倒くさくない)」 - 社会的リスクの除去:
「導入後の社内研修も無料で行います(現場から文句が出ない)」
顧客に「これなら、もし失敗しても傷を負わないな」と思わせた瞬間、初めてメリット(利益)の話が耳に入るようになります。
第5章 まとめ:営業とは「顧客のリスクを取り除く仕事」
全8回にわたって営業心理学を解説してきましたが、最後の鍵となるのがこの「プロスペクト理論(損失回避)」です。
顧客は、決して意地悪で断っているわけでも、優柔不断なわけでもありません。
ただ本能的に「損をするのが怖い」だけなのです。
だからこそ、最後のクロージングで必要なのは、強引な売り込みではありません。
- ✅ 現状維持による「見えない損失」に気づかせる(損失フレーム)
- ✅ 変化による「失敗のリスク」を保証で取り除く(リスク・リバーサル)
この2つが揃えば、顧客は安心して「YES」と言えるようになります。
ぜひ、あなたの提案で顧客の恐怖を取り除き、より良い未来へ連れ出してあげてください。
よくある質問(FAQ)
プロスペクト理論や損失回避の法則について、営業現場からよくある質問にお答えします。
Q. 「損しますよ」という言い方は、脅しになりませんか?
A. 根拠のない損失を煽れば「脅し」になりますが、事実に基づく機会損失を伝えるのは「親切」です。例えば「このまま放置すると修理費が倍になります」というのは、顧客を守るための重要な情報提供です。
Q. BtoB(法人営業)でもプロスペクト理論は有効ですか?
A. 非常に有効です。法人担当者は個人の財布は痛みませんが、「社内での評価」や「責任問題」という損失を極端に恐れます。「導入しないことが、将来的に会社のリスクになる」というロジックが響きます。
Q. 損失回避と相性の良い他の心理テクニックは?
A. 「希少性の原理(スカアシティ)」です。「期間を過ぎると割引がなくなる(金銭的損失)」+「在庫がなくなると手に入らない(機会損失)」を組み合わせることで、今すぐ動く理由を強力に作れます。
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本記事は「営業心理学」シリーズの一部です。他のテクニックも組み合わせることで、成約率はさらに高まります。
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損失回避の法則・プロスペクト理論(損したくない心理)
参考文献・出典データ
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原著論文(プロスペクト理論):
Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). “Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk”. Econometrica.
※ダニエル・カーネマン(2002年ノーベル経済学賞受賞)らによる提唱論文。 -
行動経済学の基礎(書籍):
ダニエル・カーネマン著『ファスト&スロー』(早川書房)
※本記事は2025年12月23日時点の情報に基づき作成されています。
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