アップセル・クロスセル・ダウンセルとは?意味と違いをBtoB事例で解説|顧客単価とLTVを最大化する3つの戦略
「新規のお客様を1社獲得するのは大変だが、既存のお客様に『もう一品』買ってもらうことは、はるかに簡単である」
営業の世界には「1:5の法則」という言葉があります。新規顧客に販売するコストは、既存顧客に販売するコストの5倍かかるという経験則です。
もし貴社が、新規開拓(ハンティング)だけにリソースを全振りし、一度契約したお客様へのアプローチがおろそかになっているとしたら、それは経営的に見て大きな「機会損失」を生んでいる可能性があります。
本記事では、顧客単価(LTV)を劇的に高める3つの黄金フレームワーク、「アップセル」「クロスセル」「ダウンセル」について解説します。
言葉の意味や違いはもちろん、BtoBの現場ですぐに使えるトーク事例や、嫌われない提案のタイミングまで網羅しました。これらを正しく使い分けることで、売上は「足し算」ではなく「掛け算」で伸びていきます。

📢 営業心理学シリーズ
この記事は、単価アップのための戦略編です。営業テクニックの全体像は「営業心理学とテクニックまとめ」をご覧ください。
3つの用語の意味と違い【図解・比較表】
【本章の要約】
3つの違いを一言で定義します。「アップセル=上位版への切り替え」「クロスセル=関連商品のセット購入」「ダウンセル=下位版での回避」。それぞれの関係性を整理し、マクドナルドなどの身近な例で直感的に理解しましょう。
まずは、3つの用語の定義と違いを整理します。これらはすべて「顧客単価」または「成約率」を高めるための手法ですが、狙うベクトルが異なります。
アップセル(Up-sell):より高いものを
顧客が検討している商品よりも、「より上位のモデル」「より高機能なプラン」を提案し、購入単価を引き上げる手法です。
(例:iPhoneの128GBではなく、256GBモデルを買ってもらう)
クロスセル(Cross-sell):別のものも一緒に
顧客が購入を決めた商品に関連する「別の商品」「オプション」をセットで提案し、購入点数を増やす手法です。
(例:ハンバーガーと一緒に、ポテトとドリンクも買ってもらう)
ダウンセル(Down-sell):安いもので離脱防止
提案した商品が高すぎて断られそうな時に、あえて「下位モデル」「安価なプラン」を提案し、0円での失注(離脱)を防ぐ手法です。
(例:セットは高いから要らないと言われた際、「単品のハンバーガーだけでもいかがですか?」と提案する)
3つの戦略比較表
| 用語 | 方向・イメージ | 目的・メリット | BtoB具体例 |
|---|---|---|---|
|
⬆ アップセル |
より高いものへ (グレードアップ) |
顧客単価の最大化 LTVを大きく伸ばす |
Standardプラン ↓ Premiumプラン |
|
✚ クロスセル |
別のものもセットで (関連商品の追加) |
購入点数の増加 カバー範囲を広げる |
PC本体 + 保守サポート |
|
⭯ ダウンセル |
安いもので回避 (失注の受け皿) |
失注(0円)の回避 将来への種まき維持 |
年契約 ↓ 月契約・トライアル |

図:狙うベクトルが違う!3つの戦略の全体像
なぜ今、この3つが重要なのか?(LTVと1:5の法則)
【本章の要約】
市場縮小時代において、新規獲得だけに頼るビジネスモデルは崩壊しつつあります。既存顧客から得られる利益(LTV)を最大化することが、企業の生存戦略そのものです。新規獲得コストは維持コストの5倍かかる「1:5の法則」についても解説します。
新規獲得コストの高騰
人口減少やWeb広告の入札単価上昇により、新規顧客を1件獲得するためのコスト(CPA)は年々上がっています。「穴の空いたバケツ」のように、新規をとっても次々に解約されたり、単価が安いまま放置していては、利益は残りません。
LTV(顧客生涯価値)を伸ばすしかない
LTVとは、一人の顧客が取引開始から終了までに企業にもたらす利益の総額です。
LTV = 平均購入単価 × 購入頻度 × 継続期間
この式の「単価」を上げるのがアップセル・クロスセルであり、「継続期間」を0で終わらせない(つなぎ止める)のがダウンセルです。これらを組み合わせることで、同じ顧客数でも売上を1.5倍、2倍にすることが可能になります。
顧客満足度も上がる(Win-Win)
「高いものを売りつける」というのは誤解です。適切なアップセルは、「お客様、こちらのプランの方が御社の課題をより早く解決できますよ」という親切な提案です。
結果として顧客も成果が出やすくなり、満足度が上がって解約率(チャーンレート)が下がるという好循環が生まれます。

図:利益を残すなら「既存顧客」へのアプローチが最優先
【BtoB事例】現場で使える具体的なトーク例
【本章の要約】
概念は分かっても実践できない人のために、BtoB(法人営業)の具体的なシーン別にトークスクリプトを紹介します。SaaSのプランアップ、機器販売のオプション提案、高額コンサルのダウンセルなど、明日から使える言い回しです。
事例① アップセル(SaaS / ITツール)
シチュエーション: 顧客がコスト重視で「一番安いプラン」を選ぼうとしているが、機能不足で成果が出ないことが予想される場合。
【トーク例】
「Basicプランでも導入は可能ですが、御社が目指している『工数50%削減』を実現するには、自動連携機能がついたProプランが最適です。
月額は1万円上がりますが、人件費に換算すれば月に10万円以上の削減効果が見込めますので、結果的にコストパフォーマンスは高くなりますがいかがでしょうか?」
事例② クロスセル(機器販売 / OA機器)
シチュエーション: 複合機(コピー機)の入れ替えが決まったタイミングで、関連商材を差し込む場合。
【トーク例】
「ありがとうございます。では複合機の入替日は〇日で手配しますね。
ところで、最近はランサムウェア被害が増えていますが、社内のセキュリティ対策は万全でしょうか?
実は、今回導入する複合機とセットでセキュリティ機器(UTM)を入れると、ネットワーク管理を一元化できて、割引も適用できるのですが、資料だけでもご覧になりますか?」
事例③ ダウンセル(コンサル / 高額サービス)
シチュエーション: 月額50万円のコンサル契約を提案したが、「予算オーバーだ」と断られそうな場合。
【トーク例】
「おっしゃる通り、いきなり月50万円は決裁が難しいですよね。
でしたら、訪問回数を減らしてチャット相談をメインにした『ライトプラン(月額10万円)』からスモールスタートしませんか?
まずは3ヶ月で効果を実感していただき、予算が確保できた段階で通常プランへ移行することも可能です。」
成功率を高めるタイミングと心理テクニック
【本章の要約】
提案するタイミングを間違えると、逆に失礼になったり信頼を失ったりします。顧客の心理状態に合わせた最適な「オファーの瞬間」を解説します。特にクロスセルにおける「テンション・リダクション効果」は強力です。
クロスセルの黄金タイミング:決断の直後
クロスセルのベストタイミングは、「顧客が購入(契約)を決断した直後」です。
心理学に「テンション・リダクション効果」という用語があります。人間は重要な決断や緊張を強いられる場面(契約書への捺印など)を乗り越えると、心理的な緊張が糸切れたように緩み、ガードが下がる現象のことです。
「スーツを買うと決めた直後に、ネクタイやシャツも勧められるとつい買ってしまう」のが典型例です。BtoBでも、本契約の合意が取れた直後に「あわせて保守サポートもつけておきますか?」と聞くのが最も成約率が高くなります。
アップセルのタイミング:信頼構築後または更新時
アップセルはタイミングが重要です。まだ信頼関係がない初回接触時にいきなり高いプランを勧めると「売りつけられている」と警戒されます。
- 成果が出始めた時:「今のプランで効果が出ていますね。上位プランならさらに倍の速度で進められます」
- 契約更新のタイミング:「来期の更新ですが、今の利用状況ならこちらのプランの方がお得になります」
このように、相手がメリットを感じているタイミングで提案するのが鉄則です。
ダウンセルのタイミング:Noと言われた瞬間
ダウンセルは「断られた直後」に間髪入れずに行います。
心理学の「ドア・イン・ザ・フェイス(譲歩的要請法)」が働きます。人は一度相手の要求を断ると「悪いことをしたな(罪悪感)」という心理が働きます。その直後に「では、これならどうですか?」と譲歩された(ハードルを下げた)提案をされると、「それくらいなら…」と承諾してしまう心理です。
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やってはいけない「押し売り」の境界線
【本章の要約】
利益優先の強引なアップセルは、チャーン(解約)の元凶です。「売りたい」という自社都合が見え透いた提案は、築いた信頼を一瞬で崩します。ここでは絶対に避けるべきNG行動を解説します。
関連性のないクロスセルは「ノイズ」
「ついでにこれも」と言って、顧客の課題と全く関係のない商品を勧めるのはやめましょう。それは提案ではなく、ただの「押し売り」です。
顧客は「自分のことを理解していない」と感じ、信頼を損ないます。必ず「〇〇という課題解決のために、これも必要です」というロジックが必要です。
予算無視のアップセル
顧客の予算上限を明らかに超えているのに、執拗に上位プランを勧めるのもNGです。もし一時的に売れたとしても、無理な出費は長続きせず、早期解約(チャーン)につながります。LTVの観点からはマイナスです。
まとめ:顧客の成功(サクセス)のために提案しよう
アップセル、クロスセル、ダウンセルは、単なる「客単価アップのテクニック」ではありません。本質は「顧客の課題解決の選択肢を広げること」です。
- アップセル: より早く、快適に課題を解決する手段の提示
- クロスセル: 漏れがちな関連課題をカバーする手段の提示
- ダウンセル: 予算内でも最大限の効果を出す手段の提示
「売上のため」ではなく「顧客の成功(カスタマーサクセス)のため」という意識で提案すれば、これらは最強の武器になります。
ぜひ、貴社の商品ラインナップを見直し、「松竹梅(アップセル)」や「セット(クロスセル)」の構造が作れないか検討してみてください。
よくある質問(FAQ)
アップセル・クロスセル・ダウンセルについて、営業担当者からよくある疑問にお答えします。
Q. アップセルとクロスセルの違いを一言で言うと?
A. 「より良いもの」への切り替えがアップセル(縦の提案)、「別のもの」の追加購入がクロスセル(横の提案)です。マクドナルドで例えると、ポテトのサイズアップがアップセル、ポテトと一緒にドリンクを頼むのがクロスセルです。
Q. ダウンセルをすると売上が減りませんか?
A. 一時的な単価は下がりますが、売上が「0円(失注)」になるよりは遥かにマシです。また、一度顧客になってもらえれば、将来的にアップセルして単価を戻せるチャンスが生まれます。LTV(長期的利益)で見ればプラスになります。
Q. どの商品でクロスセルすればいいか分かりません。
A. 「その商品を買った人が、次に困ることは何か?」を考えてみてください。PCを買った人は設定に困る(→設定代行)、Webサイトを作った人は集客に困る(→Web広告運用)、といった具合に、前後の文脈にある商品がクロスセル商材になります。
参考文献・出典データ
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1:5の法則と顧客維持の重要性:
Bain & Company. “Prescription for Cutting Costs“. (Fred Reichheldによる顧客維持率と利益の関係性に関する調査・提言)
Harvard Business Review. “The Value of Keeping the Right Customers“. -
心理学・マーケティング理論:
行動経済学会. (テンション・リダクション効果、プロスペクト理論等の基礎概念)
一般社団法人 日本ダイレクトメール協会(JDMA). (ダイレクトマーケティングにおける顧客維持手法)
※本記事は2025年1月時点の情報に基づき作成されています。
(2014年に掲載した記事を15年25年に加筆修正更新したページです)
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